2013年3月4日
きっかけ
卒業式の時期になると必ず思い出すことがあります。それは新採用3年目、高浜小学校で初めて6年生を担任したときのことです。クラスに「学校場面緘黙」の児童が一人いたのです。「場面緘黙」という言葉すら知らず、一年間手探りでの対応でした。家庭や近所では明るくて元気な男の子が集団登校で学校の10m近くになると口を閉ざしてしまう。何かきっかけがあれば・・・、一度でもみんなの前で声が出せれば・・・、担任と一言の言葉が交わせれば・・・。家庭訪問で家の人とも、いろいろな方法を考えました。突然の電話にも相手が確認されるまで声を出しません。廊下で出会い頭にぶつかっても声をあげません。その原因はといっても、幼稚園の頃にとてもひどい言葉で叱責されたことに起因していること位しか分かりません。しかし、A君は6年間、学校の中では一言も発しない生活を続けてきたのです。面倒見のよい子がたくさんいたこともあって、学校生活に不自由はなかったのかもしれません。意思表示はうなずくことと目の動きがほとんど全てでした。 卒業式では卒業生の名前が読み上げられ、一人一人返事をします。A君は身長順で一番先頭、出席順でも最初です。証書授与は式の最も重要な部分であるだけに、どの子にも胸を張って最高の返事をして欲しい。そのためには学級のトップバッターの役割は重要です。しかしそれ以上に、卒業式で返事ができれば、A君の中学生活は小学校とは全く違ったものになるに違いないという思いがありました。何度も何度も家庭訪問をしてA君に語りました。・・・前日の最後の説得の時、半ばあきらめた思いで「式では、頑張ってみるか。」という問いかけに、A君はうなずいたのです。「本当にできそうか?」という、つまらない質問もしてしまいました。でも、その愚問にも小さくうなずいたのです。私は嬉しくてたまらなかったものの半信半疑で式の当日を迎えました。私の学級の呼び出しの時が来ました。私なりに精一杯A君の背中を押す呼び出しをしました。多くの人がA君のことを知っているだけに、会場は不思議な緊張に包まれました。さして一瞬の静寂・・・その時、「はいっ!」A君の声が返ってきたのです。近所の子以外は誰も耳にしたことのないA君の声、会場全体のどよめきが伝わってきました。私にとっても初めて耳にするA君の声、身体には似合わないほど太くしっかりした声でした。その瞬間、涙があふれてあふれて止まりません・・・・呼び出し名簿は全く見えなくなりました。でも、震える声を抑えて、最後まで呼び出しを続けました。「式では何があるか分からないんだから、呼び出しは名簿を見なくても言えるようにしておきなさい。」という同学年の先輩先生のアドバイスのおかげでした。その後、中学生のA君は、中学校の先生から「そんなことがあったなんて、信じられません。」と言われるほど、のびのびとした中学校生活を過ごしました。卒業式のもつ、「きっかけ」となる力、他の行事とは違った力を秘めています。どの子も、その力を求めているのかもしれません。それに相応しい10日間でありたいと思います。