2014年6月

これから

学校

 前期学校訪問、本当にお世話になりました。
 その中で、6名の方全員から、「大変落ち着いていて、学習が成立している。」という感想をいただきました。
 確かに、どの学級をみても眠っていたり姿勢を崩したりという生徒の姿は見られませんでした。それは、我々の誇るべき点であるのは間違いありません。しかし、その姿を安定したものだと捉えるのはあまりにも安易であり、油断となるに違いありません。生徒たちの思いは今、「夏の大会」と「合唱コンクール」に向かっています。でも、やがてそれらの行事は通り過ぎていくことが運命づけられています。それらの行事に生徒たち以上の熱さを見せながらも、「その後に何が残るのか」、「何を残してやれるのか」を心の奥底に常に持ち続けていかねばならないのでしょう。次の仕掛けをいつも意識していくこと、それが私たちの職なのですから。・・・

+αとして・・・・・・・・文字言語と音声言語とは別の視点で、私が言語環境の大切な姿勢だと考えるのは、次の2点です。
 ①未熟であったとしても、自分の言葉で伝えようとする誠実な姿勢
 ②相手(生徒や仲間)をリスペクトする姿勢
 上記の2点をくくるのは、「品」というものになるのかもしれません。

ZERO  TRERANCE

雑感

 大阪市長の発言によって、ゼロ・トレランス(ZERO TRERANCE)という言葉が再び耳に入ってきます。アメリカから発信された「TRERANCE(妥協・寛容)なき生徒指導」を考えるとき、常に付随する言葉があることを確認しておかなくてはなりません。それは、プログレッシブディシプリン(progressive discipline 累積的規律指導)とオルタナティブ・スクール(alternative school 代替的学校)です。
 この二つがともに日本文化の中で認められ、組織されていってはじめて、一つの施策として現実味を帯びていくのだと思います。
 言葉やイメージだけを一人歩きさせるわけにはいきませんが、笑いとばすこともできません。

火の粉

雑感

 先日(6/14の日曜日)、青少年健全育成市民会議(環境浄化パレード)が開催されました。その冒頭の挨拶で、籠正義会長が口にされた言葉はシンプルであり、とても心に響くものでした。
 それは、「青少年健全育成市民会議の柱は2つしかない」という前置きで始まりました。
「現在の社会の中で子供たちはいろいろな火の粉を浴びています。私たちの取組の柱は2つかありません。その一つは、『子供たちに降りかかる火の粉を振り払うこと』なのです。そして、二つめの柱は、『少々の火の粉にもびくともしない家を造ること。』なのです。」                     というものでした。
 一つ目の柱からは、いろいろな危険や不安から子供たちを守っていかねばならない。そうするんだという、「強い決意と行動の重要性」を そして、二つ目の柱からは、家=家庭が安息の場であることの大切さとそれを築いていくことの大切さを感じました。
 会長の直後、挨拶に立たれた河瀬市長は、会長の話を受け、「私たち行政の使命は、火の粉の出ない社会を作っていくことにあるのだろう。」と語られました。
 私たち(学校)には、上記の全ての取組も求められるのは言うまでもありませんが、火の粉の種類を見定めて、他の火の粉とのつながりを断つことも大きな使命なのでしょう。

心ひとつに(体育大会に向けて)

学校行事

 いよいよ体育大会に向けての一週間のスタートです。これまでリーダーを中心に準備を進めてきた諸々のことをどれだけ具現化できるか、3年生を中心とするリーダーたちにとっては、不安一杯の毎日だと思います。
 昨年も述べたように、リーダーたちに託された時間は延べでほぼ100,000分です。それを有効に生かすことができるよう、私たちにも「同僚性」を元に、精一杯のサポートとフォローを求められます。
 好きな言葉に「道とは、民をして上と意を同じくせしむるなり」という孫子の言葉があります。孫子ですから、戦について書かれた兵法書の一節ですし、生徒を民、リーダーを上とすることはかなり無理のあることですが・・・。どんなに人数が多くても(多いだけに)足並みが乱れてしまえば、勝利は引き寄せられないのは真理だと思います。いかに、自分たちの思いを色全体に伝えきることができるか?リーダーたちの成長の場面です。もちろんその前に、「伝えたい思い」がなければなりませんが・・・。最高の泥水を体験してもらいたいものです。
プロである以上、生徒たちに成就感を持たせつつも、常に見守り、万が一の時の手だてだけは準備していきましょう。