2013年3月

「出逢い」は「学び」

雑感

 卒業式の式辞の中で述べたことは、今私自身が大きな価値を見いだしている事柄です。そのことを振り返っておきたいと思います。
伝えなければならないこと
 私たちが、子どもたちに伝えなければならないものはたくさんありますが、中でも、次のことがらは、人づくりの上で、不可欠であると考えます。
○「人は一人では生きていけない。」ということ
○「仲間っていいものだ」「人って捨てたもんじゃない」と感じること
○「何を手に入れたかということ以上に、『そのために何をしてきたか』が大切なのだ」ということ

人らしさ
 人らしさは「優しさ」である。
 優しさの語源は「痩せる」。つまり他人のために自分の身を細らせるという意味を含んでいると言われます。いろんな人と会い、身が細るほど相手の身になって考えられる。他人と不幸を分かち合える。そんな姿が人間らしさなのでしょう。
 そしてもう一つ、人として大切にして欲しい言葉。
 それは『リスペクト アザーズ』。
 高い評価はするが、頭を下げるような関係にはならないということです。日本語では「尊重する」という言葉に近い「リスペクト」という言葉、「人との関わり」が希薄になりつつある社会の中で、さらには「復興」が使命である社会において、『リスペクト アザーズ』「他の人を尊重しなさい」という言葉がキーワードになっていくに違いありません。
平成24年度が幕を閉じます。この出逢いが最後になる方もおられることと思います。『出逢いは学び』です。この出逢いが私たちにとって、次代を担う皆さんにとって「よき学びの場」となったことを願っています。


素直力(24年度修了式に)

教育

 さて今日は修了式です。ここにいる全員が、4月には1つ進級することが認められています。今日はある意味、1年の成長を自分で確かめる日でもあります。

 1年前の自分は、この日、どこでどんな姿でいたのでしょう。
この1年の自分の成長を、自らが成長した部分を素直にふり返り、拍手を送りましょう。
 そしてもしも後悔する部分があったならば、何が原因だったのか、どこを直せばよいのかを是非考えてみてください。

 この1年で、みなさんは大きく成長しました。
 いろんな力をつけました。
 体力、学力、知力、思考力、行動力・・・・・・「力(りょく)」とつく力はたくさんあります。ほとんどが年齢や経験と共に強くなっていきます。

 ただ、時とは無関係な力もあります。
 時と関係なく培われていく力、それは場合によっては時と共に失っていく危険性をもった力なのかもしれません。
 ひょっとしたら、この力の方が大切なのかもしれません。

 それは、何なのでしょう。
 もし、自由に名前をつけるのであれば、『素直力』とでも名付けましょうか。
 ひょっとしたら『魅力』と言えるのかもしれません。『人間力』とも言えるのかもしれません。
 一度考えてみてください。

さあ、2週間後には平成25年度がスタートし、新入生が入ってきます。

 先輩になることによって、気持ちにいろんな変化が出てくることでしょう。どうか粟野中の校訓である「自主・協同・創造」、そして生活指針である『三つの凡事の実践』をしっかりと新入生にも伝えてください。君たちには力があります。君たちの持っている素晴らしい力を、余すことなく新入生に示して欲しいと思います。


Respect Others 平成24年度 卒業式 式次より

子どもたちへ

みなさんに直接話すのも今日で最後となります。
義務教育の修了にあたり、そして、皆さんの新たな門出に、伝えておきたいことがあります。

皆さんは、人らしさは何だと感じているでしょう。
 人間らしさ・・・・・・それは優しさだと、私は考えています。よくやさしさの語源は「痩せる」。つまり他人のために自分の身を細らせるという意味を含んでいると言われます。いろんな人と会い、身が細るほど相手の身になって考えられる。他人と不幸を分かち合える。そんな姿が人間らしさなのでしょう。
 しかし、それ以上に大切にして欲しい言葉があります。それは『リスペクト アザーズ』という言葉です。
 「尊敬する」と訳されることの多い「リスペクト」という言葉ですが、日本語の「尊敬」とは違った響きを持っています。「人であれ、物であれ、そこに高い価値が認められるものを敬いなさい」という響きをもっています。ただ日本語の「尊敬」と違うのは、「リスペクト」することによって、相手が自分より高い位置になることはありません。評価はするが、頭を下げるような関係にはならないということです。日本語では「尊重する」という言葉に近いのかもしれません。「人との関わり」が希薄になっていきつつある社会の中で、さらには「震災からの復興」が使命である社会において、『リスペクト アザーズ』「他の人を尊重しなさい」という言葉は、大きなキーワードになっていくに違いありません。ふるさと、社会、そして世界全体が大きく変化する時を迎えている中にあって、はっきりしているのは、二十・三十年後には、全てがみなさんの力によって支えられているということです。

「自分だけのシンフォニー」は、次の楽章に進もうとしています。
『RESPECT OTHERS』を大切にし、実践できる人として、社会に踏み出してくれることを願い、式辞といたします。


黙祷 ”もう2年”か”まだ2年” か

雑感

 合格発表・卒業と続く濃い一週間、精神的にも揺れと重さを感じる中、3/11という日付が追い打ちをかけるようにいろいろな響きを伝えてきます。
成果と課題の両面から、「復興」という言葉が繰り返されるこの数日、決して忘れてはならない未曾有の災害から私たちが学ぶべきものは計り知れません。
15881人の命が失われ、今なお315,000万人以上の人がふるさとを離れ、流された涙の濃さは想像絶するものでしょう。
 何よりも大きいのは、「復興」が震災の記憶もないこれからの世代に委ねざるを得ないという現実です。「継続」することがキーワード。少なくとも、それに向かう力と「前進する意識」をつけていくことが、私たちの使命なのでしょう。
 そのためにも、3/11を刻み込んでいいかなければなりません。
 2時46分の黙祷に学ぶものは大きいはずです。


きっかけ

雑感

 卒業式の時期になると必ず思い出すことがあります。それは新採用3年目、高浜小学校で初めて6年生を担任したときのことです。クラスに「学校場面緘黙」の児童が一人いたのです。「場面緘黙」という言葉すら知らず、一年間手探りでの対応でした。家庭や近所では明るくて元気な男の子が集団登校で学校の10m近くになると口を閉ざしてしまう。何かきっかけがあれば・・・、一度でもみんなの前で声が出せれば・・・、担任と一言の言葉が交わせれば・・・。家庭訪問で家の人とも、いろいろな方法を考えました。突然の電話にも相手が確認されるまで声を出しません。廊下で出会い頭にぶつかっても声をあげません。その原因はといっても、幼稚園の頃にとてもひどい言葉で叱責されたことに起因していること位しか分かりません。しかし、A君は6年間、学校の中では一言も発しない生活を続けてきたのです。面倒見のよい子がたくさんいたこともあって、学校生活に不自由はなかったのかもしれません。意思表示はうなずくことと目の動きがほとんど全てでした。 卒業式では卒業生の名前が読み上げられ、一人一人返事をします。A君は身長順で一番先頭、出席順でも最初です。証書授与は式の最も重要な部分であるだけに、どの子にも胸を張って最高の返事をして欲しい。そのためには学級のトップバッターの役割は重要です。しかしそれ以上に、卒業式で返事ができれば、A君の中学生活は小学校とは全く違ったものになるに違いないという思いがありました。何度も何度も家庭訪問をしてA君に語りました。・・・前日の最後の説得の時、半ばあきらめた思いで「式では、頑張ってみるか。」という問いかけに、A君はうなずいたのです。「本当にできそうか?」という、つまらない質問もしてしまいました。でも、その愚問にも小さくうなずいたのです。私は嬉しくてたまらなかったものの半信半疑で式の当日を迎えました。私の学級の呼び出しの時が来ました。私なりに精一杯A君の背中を押す呼び出しをしました。多くの人がA君のことを知っているだけに、会場は不思議な緊張に包まれました。さして一瞬の静寂・・・その時、「はいっ!」A君の声が返ってきたのです。近所の子以外は誰も耳にしたことのないA君の声、会場全体のどよめきが伝わってきました。私にとっても初めて耳にするA君の声、身体には似合わないほど太くしっかりした声でした。その瞬間、涙があふれてあふれて止まりません・・・・呼び出し名簿は全く見えなくなりました。でも、震える声を抑えて、最後まで呼び出しを続けました。「式では何があるか分からないんだから、呼び出しは名簿を見なくても言えるようにしておきなさい。」という同学年の先輩先生のアドバイスのおかげでした。その後、中学生のA君は、中学校の先生から「そんなことがあったなんて、信じられません。」と言われるほど、のびのびとした中学校生活を過ごしました。卒業式のもつ、「きっかけ」となる力、他の行事とは違った力を秘めています。どの子も、その力を求めているのかもしれません。それに相応しい10日間でありたいと思います。



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