2012年12月

期待

学校

今日は、全校の諸君に話をする今年最後の機会になるだろう。
今年はよい年だった、来年も頑張ろう、素晴らしい年にしようと呼びかけて終わるのはたやすいことだし、そうしたい思いは強いです。
しかし、悔いを残さないために、君たちに、特に3年生諸君に伝えておきます。
もしタイトルをつけるのであれば、「期待」なのでしょう。

君たちと出会って9ヶ月、君たちは常に私の期待する以上のものを見せてくれたし、感じさせてくれた。特に3年生には信頼できる素晴らしい3年生であるという思いは、おそらく先生方共通の思いでもあるに違いない。
しかし、昨日 20日(木)6限眼の生徒集会での君たちの姿はどうだったろう。

図書委員のみなさんはステージの上で、精一杯のパフォーマンスを見せてくれた。原稿も見ずあれだけの内容をしっかりとアピールするためには相当な時間をかけたものであることは容易に感じることができました。
しかし、その後のクイズの時の君たちの姿はどうだっろう。忘れもしない第一問。
「鍵のかかった部屋」の主演は誰なのかという3拓の問題。その中で、君たちのほとんどは1番の大野智に手を挙げた。しかし、次の瞬間の君たちのとった行動は、腹立たしいものだった。「不正解だった人は座ってください」という指示に対して、正解者だったにもかかわらず、多くの人が腰を下ろした。特に3年生の8割近く、いやもっと多くの諸君が正解であったのに腰を下ろした。周りをキョロキョロと見回しながら腰を下ろしていく姿はみっともなく、まるで「めんどうくさいことやっていられない」とでもいうような態度は、腹立たしいものでありました。
これは間違っています。

この瞬間、君たちはいろいろな信頼を裏切ったのです。

何よりまず、一生懸命委員会の発表している図書委員の信頼を裏切りました。

2つめには、1・2年生の後輩諸君の信頼を裏切りました。そんな態度をとる後輩がいたのであれば、「なめた態度をとるんじゃない。ふざけるな!」と たしなめるのが3年生がとるべき態度だったはずなのです。もしも「あれでいいのか」と勘違いする後輩が生まれたとしたら、その人の生き方にすら影響を与えるものであるに違いありません。

3つめには、自分を裏切りました。躊躇しながらも、周りの動きに自分を委ねた行動には、自分自身の尊厳を捨てるものであり、自分に対する信頼も裏切ったのかもしれません。

4つめに、何よりも君たちを育ててきた多くの人、多くのものを失望させる姿でもありました。

人とは、弱いものなのです。だから、しっかりとした自分を持っていないと、周りの雰囲気に流され、低い方、楽な方へと流れていくものなのです。
自分もまた弱い存在なのだと気付かせてくれたという点では、大きな意味のある時間だったとも言えるのでしょう。

明るい話題で締めくくります。
今、生徒会が大きく動き出しています。3歩目となった「生徒会だより『あしあと』」や部活動単位での挨拶運動からは、躍動する力を感じ、私の大きな楽しみです。精一杯応援していきます。

明日からの冬休み、多くの時間が君たちに委ねられます。
3年生諸君はもちろん、一人一人が、自分としっかり向き合い、しっかりとした自分を持った生活を送ってくれることを願っています。


わたしはリンゴ

雑感

 坪口純朗(すみお)という名を知っているでしょうか。氏が教職の道を辞して福井ソアーベ合唱団を創設したのは1982年、50歳の時でした。坪口純朗氏と奥様の晴美氏は、「男先生」、「女先生」と子どもたちから慕われ、多くの卒団者を排出し、県内の合唱活動に大きく貢献してきました。
 『ソアーベ』とは、イタリア語で「心地よい」という意味をもつ言葉。その言葉通り、「人間の活力の開発」をめざして子どもたち誰もがのびのびと歌うことを求めた活動は県内・国内以上に海外でも高い評価を得てきたのはいうまでもありません。そんな男先生も、癌の宣告を受け、11月の30周年記念演奏会を目前にして、5月5日、80歳の人生を閉じました。
 その追悼番組が先日放映されました。その番組を通して、何度も何度も流れたのは坪口氏自身が作詞・作曲した『わたしはりんご』という曲でした。子どもたち誰もが認められることの大切さを歌っています。丁度、相田みつおの生き方と共通したものを感じます。
 そのソアーベも11月の30周年記念演奏会で解散となったわけですが、「一つのことに人生を捧げる」ことの素晴らしさを感じます。


校内研究会への姿勢

授業,学習・学びに

「後期校内研究会」と「後期指導主事訪問」の関係について、私はこう考えます。
まず、私たちの「校内研究会」があり、我々の中で取り組んでいる内容を振り返り、確認し合う場があります。学校にとって「研究」の存在は大変大きく、私たちには研修義務も存在します。それ故に、「指導主事訪問」として、監督者である行政の指導主事がその進捗状況を把握して、今後の方向性を指導するのです。
 このように考えたとき、「まず我々の研究会として体を成していること」が重要であることは明らかであり、分科会・全体会は、司会者のコーディネートのもとに、ぶれない視点で、次々と活発に発言がなされていく姿が求められます。
 もちろん、私たちの研究テーマが「ことばの力」である以上、私たちにも「自分のことば」で「前向きに」「自分の思いを参加者に伝える」姿が求められます。そのような思いをもって、分科会にも全体会にも臨んでもらうために、次の2点を確認したいと思います。

(1)漠然とした無目的な授業参観ではなく、自らの明確な視点をもって臨んでみましょう。あくまでも参観者であり、T2やT3ではないことは言うまでもありません。
(2)全員が、各自1つずつ「解決したい自己課題」をもって分科会・全体会に臨みましょう。当然、「意図的指名」「意識的発言」が求められます。
(3)若いメンバー(普通は、3年目・4年目の先生方ということになるのでしょう。)からの発言が望ましいのは、言うまでもありません。そして、徐々に話題を焦点化していく・・・。
まさに「同僚性・専門性・日常化」に裏打ちされた実践の場なのです。



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