雨だれ(=点滴)石を穿(うが)つ

子どもたちへ

 今年度の夏休みのしおりに載せた言葉です。
近所のお寺の軒下に、この「穿(うが)たれた石」がありました。生徒の皆さんや保護者の方もどこかで目にされたことと思います。
 一滴では何の力もない雨だれが、何万回何億回と同じ処に落ちたことでつくられた自然石のくぼみを見たときの感動は、わたしたちがこれまで抱いてきた「継続」という認識を変えるに十分なものです。
 それは、「小さなことでも長い間根気よく努力をすれば、最後には大きな成果になる」という諭しを与えてくれるとともに、それが自然に何の力みがないままに起こっていることに、自然の大きさと悠久の流れを感じ、人間としてというよりも、生物として謙虚であることの大切さを示してくれているように感じます。
 「今の私にとって必要な雨だれ」とは、「自分の中で、意識することなく、いつの間にか大きな形になって表れてくる継続的な活動や生き方」なのでしょう。
 それは、学問でなくてもよいと思います。普段の生活の中での「育ち」や「躾」ということもできるでしょう。
 簡単なことでもいい。その成果が形になって表れる日が必ず来るから・・・・・。



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