2010年12月

言葉で伝えること

学校

教育相談会ご苦労様でした。一部の生徒たちの学校内外でのいろんな姿を耳にしている保護者の中には、今口にできる精一杯の言葉で不安な思いを伝えてきた方も少なくないでしょう。それを正面から受け止めつつも、プロである以上、「そうなんですよ。困ったものです。・・・」と愚痴ることでは終われません。大多数の生徒たちの素晴らしい面や頑張りを何倍もの言葉で伝えていくことが必要なのだと思います。
いろんなことを通して、はっきりしていることがいくつかあります。
 一つ目は、間違っていることは間違っているということ。
 二つ目は、根っこに「学力の問題」が横たわっているということ。
 三つ目は、われわれは目的を同じくする同志だということ。
平成22年が過ぎようとしています。
先生方のおかげで今日を迎えることができます。ありがとうございました。


『自分の感受性くらい』茨木 のり子

雑感

ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを 近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を 時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ ばかものよ

 

12月になり、気づかないうちに慌ただしさが自分に染みこんできているのを感じる頃になると、決まって思い出されるのがこの詩です。
誰もが一度は眼にしたことのある詩ですが、「乾いた心」とは? 「人の心が生きるために 必要な水」とは?
読む度に考えさせられます。
子どもたちも、きっとこの詩と向き合う時が来るに違いありません。その時に気づき、考えることもたくさんあることでしょう。
でも、今はまだ気づいていません。だから私たちから水をあげなくては・・・。



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