2009年10月

全ては君たちのために

子どもたちへ

毎朝、朝食が準備されていること。
「行ってらっしゃい。」と送り出されること。
「おはよう。」と迎えられること。
毎日、おいしい給食が準備されること。
周りから「大丈夫?」と声をかけられること。
毎日、部活動ができること。
「お帰り。」と迎えられること。
夕食が食べられること。
暖かい布団で眠れること。
時に誉められ、励まされること。
そして、間違ったことを叱ってもらえること。

全ては、君たちのために・・・。君たちが人として健やかに育つために・・・。

だから、見つめてほしいのです。考えてほしいのです。
「それらは全て『してもらってあたりまえ』なのだろうか・・・」
「自分たちは、どう生きればいいのだろうか・・・」  と


合唱コンクールがくれたもの

合唱

 合唱コンクールを終えて一週間。まだ校内にその余韻が残っているのを感じます。当日は終始雨模様。体育館の屋根に響く雨音は、それほどうるさくは感じないものの、静寂と間を求められる合唱曲には、とても邪魔な存在になってしまいます。
 自分の意思とは関係なく全ての音を耳にしなければならないというのは辛いものです。もしも、聴きたい音だけを選んで聴くことができたなら。 雨音のないところで聴きたいと思った合唱がたくさんありました。そのような中、コンクールである以上、賞は決められていきます。当日の合唱を聴きながら、パート賞、男声賞、女声賞、ダイナミックス賞、そして何よりもプロセス賞のようなものがあればいいのにと思ったりもしました。
 どの学級通信にも、合唱コンクールを終えての生徒たちの感想が掲載されています。それを読みながら、一つの行事の中でいろんな涙を体験することのできる素晴らしさと大切さを感じました。
 しなやかで強い心は、そんな取り組みの中から創られていくのでしょう。
「学級の仲間っていいものだな。自分もそう思われてるんだ。」という思いが一人ひとりの心に生まれたことが、合唱コンクールがくれた一番大きなものなのだと思います。


合唱コンクールを終えて!

合唱

 この2週間目標として頑張ってきた合唱コンクールを終えて、今君達はどんな思いでいるだろう? 「精いっぱい歌った」という、充実感で一杯のことだろう。ひょっとしたら「あの音程がおかしかった」とか「あそこが合わなかった」などと悔やんでいる人もいるかもしれない。しかし、そんなことは問題ではない。大切なのは、この合唱コンクールへの取り組みを通して君達が何を学んだかということなのではないだろうか。

 この大きな行事に正面からぶつかった君達に、次の「3つの拍手」を送りたい。

 ”合唱”という音楽に取り組んだ以上、「音楽の素晴らしさ」をつかみとってもらいたいのはもちろんなのだが、君達は、それ以上に大きなものを学んだはずである。
 それは、「集団の素晴らしさ」と、「集団の中での自分の存在の大切さ」なのではないだろうか? 
 一つの集団が、共通の目標に向かって高まっていく時、一人ひとりが必ず輝きを見せる。それぞれの色は異なっていても、全員の輝きが重なったとき、その集団全体が素晴らしい光を発する。実際、今日のステージの上での君達は、輝いていた。君達の輝きに、君達全員に最初の拍手を送りたい。

 2つめの拍手は、見えない部分で悩み、苦しみ、人一倍努力をした多くの人たちに送りたい。学級全員のエネルギーを見事に受けとめた指揮者。おそらく何時間も貴重な時間を費やしたであろう、伴奏者。自分のパートを確実に歌えるようにと、家で幾度となく歌った人たち。そして、学級全体が一つになるようにと、心を痛め、練習しやすいようにと励まし、叱咤激励を与えて下さった先生方に、この拍手は送りたい。

 今日の君達の輝き。その輝きが本物かどうかという結論は、今は出せない。もしも本物であったならば、秋にその1つの答えが出るに違いない。もちろん不安はあるが、君たちのデビューである、秋の音楽発表会での学年合唱を楽しみにしていたい。だから…3つめの拍手は、輝きが本物だったと確信できるその時までとっておきたい。


合唱

合唱

 合唱を聴けば、その集団がどんな集団なのかを知ることができます。少なくとも、伸び伸びと声を出し、みんなが一つになって歌うことのできる集団は、悪い集団ではないのです。
 では、自分の声が出しづらい(合唱がしにくい)集団とはどんな集団なのでしょう。
自分だけ声を出したら恥ずかしいとか、後でみんなにからかわれる。」なんて集団では、絶対に声は出せません。さらに誰かに遠慮したり、顔色をうかがっているような変な力関係の残っている集団では、形だけの合唱で瞳に輝きは生まれません。そんな人間関係のドロドロしたものがいろいろな姿になって現れてくるのが『合唱』なのでしょう。たった一人の仲間のしらけた態度が、あっという間に全員の合唱を台無しにすることだってあるのです。そんな意味で『合唱』は集団のエネルギーのバロメーターなのです。
たかが合唱です。しかし、その合唱が完成するまでには大きなドラマがあるはずです。
「一人ひとりが声を出せば立派な歌になるじゃないか…?」 確かにそうなのです。しかし、それが意外と難しいのです。「自分が精一杯声を出して歌えば、クラスの仲間はそれ以上に頑張ってくれる。」「だから、自分ももっと頑張らなくては…。」そこまで一人ひとりが高められるかどうかなのです。子どもたちの創り上げる合唱をとても楽しみにしています。頑張れ!!


合唱コンクール いよいよ明日!

合唱

いよいよ明日は、合唱コンクール。どのクラスの歌声にもハートがこもってきています。
 今までにもいろんな合唱に取り組んできたこととは思いますが、「いったい他のクラスはどんな歌を聴かせてくれるんだろう。」「となりのクラスから聴こえてくる歌声はスゴイ!」「こいつはまずいゾ!」なんて、あせりも生まれてきます。
 そこで、合唱コンクール前日のアドバイスをいくつか

  • まず、合唱コンクールとしての目標は、前日(今日)までの取り組みでほぼ達成です。すんなりと何の迷いもなく練習に打ち込めたなんて学級は無いはずです。学級の仲間と共に、ドロドロした中から一つの歌を創り上げたという過程が最も価値あるものなのです。
    「歌の善し悪し以前に、この学級の仲間と、この指揮者と伴奏者で歌いたい。それができる私は幸せだ。」そんな気持ちになることができたら、もう最高なのです。
    だから、結果は お・ま・けです。そう考えれば、変な力み(リキミ)も無くなります。(でも おまけは大きい方が嬉しいですね。)
  • 「一発勝負!」これは、いろいろなドラマを創ります。
    ハラハラ・ドキドキ・フワァ~の内に4分間が過ぎてしまいます。ステージに上る段階から、発表は始まっています。ドキドキは誰しも同じ。そんなドキドキ集団を一つにまとめてくれるのは、指揮者だけです。
    指揮者から絶対に目をそらさないこと。歌う前に、指揮者にニッコリ笑顔を返せたら最高です。普段何気なく聴いている前奏も、いいものです。
  • ステージの上では、孤独? 教室と違って、自分の声がやけに耳につくものです。
    「あれ? 僕だけチョット変なのでは?」「他の人の声が聴こえないぞ。ぼくの声だけ目立ってるんじゃ?」なんて気持ちになります。でも、それは、周りの声を聴こうとしている証拠、自分が冷静な証拠です。そんな不安に負けないで、自信を持って、練習以上に声を出すことです。
  • 合唱が終わって、ステージを下りてからは、その感激をグッと噛みしめましょう。「あそこが良かった、まずかった」なんて口にするのはもったいない。しばらくは、感激を自分だけで、こっそりと楽しみましょう。そして、クラスの仲間のがんばりに心の中で拍手を送りましょう。

そして、もう一つ
 『上手は上手を知る。』という言葉があります。
 今日まで、時にいがみ合い、時に励まし合い、時には涙して取り組んできた君たち。学級の合唱を創ること、声を出すことの難しさと素晴らしさ。そして、気持ちののった歌の楽しさを実感している君たち。
 ならば、自分たちと同じ過程を体験している他のクラスの合唱に当然敬意をはらうことができるはずです。そして、素直に尊敬と賞賛、励ましの拍手を送ることができるはずです。



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